うちのクリーニング屋さん、うちのお客さん。
たまに、昔のことを思うことがあります。
思い出す、という感覚にも似てるのですが、正確ではないんです。
子供のころ、見てたことと今、それを比べてるって言う感じでしょうか。
僕が子供のころ、うちの父や母からよくこんな言葉を聴いていました。
うちのお客さん・・・・・・。
当店をご利用してくださるお客様を、まるで当たり前のように、うちのお客さん、と呼んでいたんです。
たぶん、その当時はどこのクリーニング屋さんも、自分のお店に来ていただいていたお客様のことを、自分のお客さん、と思っていたと思います。
また、面白いもので、お客様のほうも、うちのクリーニング屋さん、と僕らのことを話してくれたんです。
古きよき時代、という意味ではなく、お互い信頼していたんだと思うんですね。
しかし、最近はこの、自分のお客さん、という言葉、なかなか口に出せないんですよね。
心の中では思っていても、お客様を束縛するようで、なかなかいえない言葉、なんです。
お客様に選択権がある、そういう意識なのかもしれませんね。
うちだけ利用してくれているわけではなくて、ほかのお店も当然利用している。
それなのに、うちのお客さん、と言い切ってしまうのは迷惑なんじゃないのか?そんなことを思ってしまいます。
先日、こんな話を聞きました。
あるお客様のところで、毎年行事のようにやっているイベントがあり、毎年決まった会社にお願いをしていたんだそうです。
たまたま、前の年、その行事をやめたんですが、今年またそのイベントをやる時期になっても、その会社の人が今年はどうしますか?とこられない、とおっしゃるんですね。
いつもお願いをしていて、お互い知った中なのに、時期が着たのに、来てくれないなんて、さびしいわ、とお客様がおっしゃっていたんですよ。
この話を聞いて、なるほどなあと思う自分と、会社の気持ちがわかる自分がいましてね。
少し考えてしまいました。
会社のほうとしては、今の世の中、営業をするのはあまり好まれないんですよね。
せかしているようで、嫌われることが多いので、お客様からのお問い合わせを待つところは結構多いんです。
車のディーラーさんでも、昔のように営業に来るのはほとんどありません。
電話をかけても、自宅には来ないで、ディーラーのほうへお越しください、と案内するんだとか。
その後、お客様のところへお電話するのでさえ、アンケートに質問事項を加えていいか悪いか書いてもらうほど慎重になっているんですよ。
毎年やっていたイベントを前年やめていますし、次の年、今年はどうしますか?といって怒られたらどうしよう?と考えるのはなんとなく想像ができます。
でも、お客様のほうは、毎年お願いをしていて、全部お任せしていたのに、いつもどおり来てくれればいいのに、と。
信用してくれてないの?という感じでした。
で、冒頭の話ですよ。
うちのお客さん、うちのクリーニング屋さん。
クリーニングのコンサルタントの中にも、お客様に、僕らのことをうちのクリーニング屋さんと思ってもらえるようになりましょ、という人がいます。
確かに、それってうれしいことですし、大事なことだと思うんだけど、思ってもらうだけでいいのかな?なんて考えていました。
こちらも、うちのお客様、と真剣に思わないと。
営業ではなくて、お客様への案内だと思ったら、きっとこの会社も普通に声をかけていたんだろうと思います。
なんだかね、もったいない話だなあって思ってしまったんですよ。
お客様に、ここまで思ってもらえていたのにって。
うちも、少し考えなきゃいけないな。
うちのお客様ってもっと真剣に思わないと。
接骨院の院長がよく言ってましてね、愛ですよ、愛、と。
まさに、愛なんだろうなあ。
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