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遠慮をする時、しない時。

いつも当たり前になって出来てることが当たり前というわけではありません。


立つ事、座る事、歩く事、物を持つこと。


そんな日常の事がいつも当たり前で、出来なくなる、なんて誰もが思わないと思います。


いや、普通にできてた事が急にできなくなる事って本当にあるんですよ。
嘘のような本当の話。
でも、誰もが自分がその立場にならないと、考えてもみない事だと思います。


先週、友達がぎっくり腰をやりました。


Facebookで知ったのですが、ぎっくり腰だけでなく、どうやら直接の原因は足のよう。
接骨院に行ってきた後の右足には足首から膝まで痛々しそうな包帯が巻かれていました。

直感で、これはやばい!
そう感じたんです。
そして、これは多分何もできないぞ、と思いました。


動かなくて寝たきり、とかよくいいますが、ぎっくり腰をやると、本当に動かなくなります。
部屋の中、数歩歩くのも大変。
トイレに行くのも大変。
カップラーメンにお湯を注ぐのも大変。


これら日常の事がほぼ不可能になります。


すかさず連絡し、動けないでしょう?と。
晩御飯を用意していくから待っててね、と連絡して仕事の途中で家に行ったんです。


こういう時、みなさん躊躇しませんか?


自分が差し出がましい事しなくても、誰が身内やその人に近い人がいやってあげてるんじゃないだろうか。


自分が頼まれもしないのに、余計なお世話をしているんじゃないだろうか。


誰しもこんな事を思うと思います。
僕も同じように思います。
でも、こう思うようにしています。


行って、本当にいらなかったらそれはそれでいいじゃないか、と。
大丈夫だと、その場では言ってたけど、やはり必要となったときに、改めて準備をしてたら間に合わない事もあります。


仮におせっかいだったとしても、とりあえず、動くようにしているんですよ。


みんな、大丈夫というし、迷惑をかけたくない、と言います。
できる事は自分でやるから、と。


本当にできればいいんです。
いざやってみたら出来なかった、という事はよくある話じゃないですか。


それなら、駆け付けてみて、いらなかったらよかったね、で済む話じゃないですか。



僕、助けるって、多少おせっかいが入ると思うんです。
でも、それは決して悪い事ではなくて、大事な事だと思います。

自分が恥ずかしいからと躊躇して、大事になるくらいなら、とりあえず駆けつけて何もなかったらよかったね、と思えるくらいでちょうどいいんじゃないかな、と思います。


何より、こまってるひとがいるのに、躊躇して何もしないように人間にはなりたくない。
当たり前に、普通に手をさしだせるようになりたい、と思います。



一人暮らしは本当に危険なんですよ?
本人も、周りも、それに気付いていない人が多過ぎです。
今の生活は、なんの支障もない、五体満足だから出来てる環境で、ちょっとでも狂うと、一人暮らしはとたんに厳しくなります。


みなさん、買い置きしてないでしょ?


薬、常備してますか?



水すら買えなくなる、食べ物すら食べれなくなる、そんな事もあるんです。


過信は禁物ですよ。
日頃の準備、気遣いが出来るように。
気をつけましょうね。


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