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震災当時の話。

今年は曜日のめぐりが東北震災の年と一緒です。
テレビでもあの当時の話が出ていて、映像も出ていたりして、いくらか思い出します。


僕らはとても恵まれていて、震災当日、幼稚園の謝恩会で魔法使いあきっと君のマジックショーをやっていたんですね。
ショーが始まる15分前に地震があって、その後揺れている中でショーが行われました。


アキット君が子供から地震の恐怖をなくさせたい、と気持ちのこもったショーをやってくれたおかげで、あの時見に来ていた子供たちは誰一人自身の恐怖はなかったんです。

僕らも家に帰った時に母に言われました。


何のんきな顔をして帰ってきたの?
この一大事に!


幼稚園ではテレビなど見れず、携帯にも情報が入ってこず、東北でまさかあのようなことが起こっているともつゆ知らず。
また、多摩境のコストコであんな大きな事故が起きているとも思わず。
でも、帰ってくるときに、前の鎌倉街道が大渋滞で、そこに見たこともない大きな重機が通っていくのだけは覚えていて。
たぶんあれが救出に向かった重機だったんだな、と後で気づきました。


その後の原発の爆発と、放射能の恐怖。


日野のほうで放射線を測っている人が公開してくれていて、それを見ていろいろと判断していましたね。


また、計画停電もあり、買い物も満足にできず。
まだ子供たちが小さかったので牛乳など必要だったのですが、隣にあったセブンイレブンでさえ1日に3本しか入ってこなくて。
駅前のライフがいつしまっていつあくのか、女性陣は常に外に気を配っていました。


また町に電池や懐中電灯などが一切なくなり。
みんな何とかして入手できないか?と話していました。


幸いにも、僕は友達がすぐ動いてくれて懐中電灯や電池を送っていただけました。
それをお客様に配布。
ネットで買い物をしても商品は全部福島のほうへ送られるとのことで、こちらでは購入できなかったようです。

それでも停電は起きます。


体の丈夫な人、若い人は何とかして買い物などできるんです。
実際商品は数日のうちに出回るようになりました。
しかし、やはりお年寄りは病人を抱えているご家族では、買い物すら満足にいけません。
電池や懐中電灯なんて夢のまた夢。

蝋燭でもいいかな、なんてやっていると、万が一の二次災害につながりかねませんでした。


そういう事情を知っているお宅へ電話をして、電池や懐中電灯を渡したり。
同じ市内でも随分と事情が違うんだなあと思ったりもしました。

その後、募金活動をしたり、チャリティをしたり。
福島の子供たちへ、魔法使いアキット君のショーを届けたりしたこともありました。


福島のクリーニング屋さんの協力があってのことでした。


時間は待ってくれなくて、どんどん進んでいきます。
僕らの記憶もだんだんと薄れて行って、あの当時の話も徐々に記憶があいまいになっていることでしょう。
こうして書き出しても、あの当時に書いていたらもっとあんな事があったこんな事があった、とかけていたと思うんですよね。

悲しみを未来まで持っていくのは違うと思うんです。
あの当時、悲しい、つらい思いをしたことを糧に、もし次に地震が起きた時に悲しい思いをする人を一人でも減らそうとあの時の話を伝えていくのがいいと思います。


こんなことに困るんだよ、あんなことに困るんだよ、ここから得る教訓は大きい。
あの当時も、関東大震災を経験されたお年寄りたちは僕らよりも強かった。
今度は僕らが強くなる番ですね。


いつ来るかわからないものだからこそ、僕らは対応していけるようにしておかないと。

地震の多い国に生まれ育ってますからね。
経験を活かしていきたいです。


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