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ばあさんの話を思い出します。

僕のばあさんは少し変わっていた人で、肝の座った、度胸のある女性でした。

豪快な逸話は色々と聞かされていて、戦時中の子育ての話や、食料の調達の仕方など、強い人だなあと思ったものでした。


うちの母たち兄弟は、みんなばあさんのことをこわいこわい、と言っていましたが、僕ら孫には優しくて頭のいい、色んな知恵をくれるおばあさんだったんです。


そんなばあさんの話の中で、今だからこそわかる、ばあさんすげえなあ、という話があります。



それは、うちの母が東京で体を壊した時のこと。


うちの母は、中学を卒業して、床屋さんになるために東京に上京をしたんです。

うちの母も強い人なので、自分で調べて、勤め先を見つけ、卒業と共にぱっと田舎を出てしまったんですよね。


最初の勤め先が一年で潰れてしまい、府中の方の床屋さんに勤めていました。

理容学校に通いながら、日中は床屋さんで仕事。

ところが、2軒目の床屋さんも少し問題があって、ご主人がいなくて、丁稚奉公で働いてた若い人たちだけで仕事をしていたらしいんですね。

休みもなく、仕事をし続けた結果、母は体を壊してしまったのでした。


仕事ができないならクビだよ、とあっさりと言われ、体も心も傷ついた母は田舎に帰ってきたんです。


もともとばあさんと同じくらい、無鉄砲で強い女性の母が、田舎に帰る、というのはかなり心が疲れていたんだと思います。

勝手に田舎を飛び出して行ったんですからね。

その人が田舎に戻る、というのだから、その当時どれだけ辛かったのか?わかりますよね。


母は田舎のばあさんに連絡をしないで帰ったんだそうです。

駅について、実家まで歩いて行ったら、坂の途中でばあさんが庭に出ているのを見つけたらしいんですね。

で、ばあさんと目があった、と。


その瞬間、ばあさんがしれっとこう言ったんだそうで。



あー、帰ってきたのかい?

で、いつ帰るんだい?



その瞬間に、母は自分が頑張る場所はここじゃない、と思ったらしいんですね。

東京で頑張る、と決めて出て行ったのにと思い出したんだそうです。


その一言で、我に帰ることができた、と話していました。


その時のばあさんの心情を母が説明をしてくれたことがあったんです。



娘が帰ってきて、一目で頼りに来たんだと気づいたと思う。

ここで優しく受け入れてあげたいけど、それでは元に戻る事はできないと思う。

だから、あえて、来た時に、いつ帰るんだい?と聞いたんだろう、って。


田舎に来たのは、時間ができたから、余裕ができたから、ちょっと帰ってきただけ。

自分の生活する場所は東京のあの場所なんだ、と背中を押してくれたんだ、と母は言ってました。


その後、田舎でしばらく療養をして、また東京に帰っていくのですが



僕はこの話をよく思い出すようになりました。

子育ては我慢、という人がいます。

僕も実際、そう思います。

でも、その意味はちょっと違うんですよね。



独身の方が聞いたら、子育ては我慢、というのは、自分のやりたいことができなくなる、子どもに時間を取られる、そう思うかもしれません。


そうじゃないんですよ。


我慢は、子供にしてあげたいのを我慢するんです。


好きなことやらせたいじゃないですか。

嫌な事はやらせたくないじゃないですか。

でも、好きなことばかりしているわけにはいかないし、嫌な事をしないでいいわけでもない。


好きなものばかり食べさせるわけにはいかないでしょう?

嫌いだからと食べないでいいわけでもないでしょう?


つい、嫌ならいいよ、好きなものだけだへなさい、と言ってしまいそうになるのを、ぐっと堪えて、子どもには言うわけです。

必要だからね、って。



多分、ばあさんの話も、母のことを思って背中を押したんだろうなあ、と思います。

もう東京に行かなくていいよ、ずっとうちにいていいよ、と心の中では思ってたんじゃないですかね。



そんなすごい女性たちの子育てを見ているので、僕も我慢して育てなきゃなあ、と思ったりするんです。

自分のしてあげたい欲求を抑えなきゃな、と。



余談ですが、母が田舎にいる時に、父から手紙が来てました。

まだお互い独身の頃の話です。

20年前に、店を建て替える時にその頃の手紙、ラブレターですね、が見つかりました。


その話はまたどこかで。(笑)

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