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ミタラワカル教。

今、クリーニング屋さんの仲間達といろんな人に向けて洗濯講座をしているんですね。

で、講座をする前に、いろんな話をみんなでするわけですよ。



どうやったら伝わるかな?と。



伝えるためには何がわからないのか?何が問題なのか?こちらが認識しないといけません。

そして、分からないことに対して、こういう事なんですよ、と伝えてあげるといいわけです。


しかし、ことはそんな簡単な話でもなく、僕らからしたら当たり前でそんなに難しいとは思わなくても、聞いてる人が同じように簡単だと思ってくれるかは別の話。

特に、服のイメージや洗濯のイメージがおかしく固定化されてしまっているので、正しい知識を伝えても、混乱するだけで伝わらないことが多々あるわけです。


さて、そこでどうするか?で日夜、喧々諤々と話をしているんですね。


で、煮詰まってくると必ずこの話が出て来ます。



見れば1発でわかるよ。



僕はその言葉が出てくるとこう言うんですね。



ミタラワカル教だな、既に。

見てわかったら苦労しない、と。



確かに見ればわかるような気がするんですよ。

でも、今までの体験から、見せてもわかる人はほとんどいない。

見た事を正しく受け取れる人は少ないんですよね。

それよりも、見た事を自分の都合に合わせて解釈することの方が多いんです。


だから、見せるのが正しい回答とは思わないんですよね。

だって、何度も見たらわかるだろう、とやって来て失敗を重ねて来たんだから僕がよく知っている。



見てわかるためには下準備が必要なんですよ。

だってね、見たらわかるならマジックを見ても種がわかるってことでしょう?

あんなの、素人が見てもタネなんてわからないですよ。

でも、トラックを知っていると、同じマジックを見ても違う風に見えるんです。


ここがポイントなわけです。



見せて理解を深めさせたいなら、まずその理屈をきちんと教えなきゃいけない。

教えるだけではピンとこないから次に見せてあげるといい。


これなんですよね。

だけど、ミタラワカル教の人たちは見せればわかる、と思い込んじゃう。

それ以外解釈のしようがないでしょう?と思っているから安易にそう言っちゃう。


いやいや、人は全然違う風に解釈する生き物なんです。

見たものをそのまま受け取れる人は、話を聞いただけでほとんど理解できる人。

普通の人はそこまで出来ないからこそ、きちんとした説明と実際に見せる、この二つを上手に使う必要があるわけなんですね。


と、こんな話をああでもない、こうでもない、と毎週しているわけです。

それもこれも、きちんとした洗濯を理解するため。


洗濯を伝えているけど、実は洗濯だけにとどまらないんですね。

服のことも理解するようになるし、着方や保管の仕方にも影響が出る。

そして、クリーニングするものと洗濯するものと区別がつくようになる。


その結果、服を無用に捨てなくなるし、買わなくなるし、変な服を選ばなくなる。

すると、ゴミが減り、洗濯の回数も減り、環境にもいい影響が出る。

アパレルメーカーは安い服ではなく、長持ちするデザイン、作りに力を注げるようになり、結果いい服が増えていく。


と、そんな未来に通じている壮大な話。



個人が大きなメーカーや世界は動かせないけど、目の前の洗濯を変えるだけでいろんなものが変わっていく。


その第一歩のお手伝いです。


僕が死ぬまでに変わるといいなあ。

もしそれが叶わなくても誰かがやってくれるだろうとは思っていますけどね。

 

某洗濯家が、洗濯で未来を変える、と常日頃話していますが、その未来が見えて来ているように思いますね。

後ちょっとなんだよなあ。

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